多様性が進んでいますが、それは働き方にとっても同じこと。多様な働き方を選べる社会にするため、2019年4月から政府主導の「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(通称:働き方改革関連法)」が施行されています。
ただし医師の場合、さまざまな面で勤務環境の改善を要することから特別に5年間の猶予が与えられており、本格的な施行や運用が2024年4月まで先延ばしとなっていました。
そんな医師の働き方改革には、医師を雇用する医療機関の特徴や事情、医師自身の働き方、所属学会といった要素によって、それぞれが感じるメリットやデメリット、本格的な運用を目指すにあたって他の業種とは大きく異なる医師独自の問題点や実情があります。
今回は、一般的な視点から医師の働き方改革が求められる背景と概要、働き方改革が始まったことによるメリットとデメリット、問題点などについて詳しく解説していきます。
医師の働き方改革とは?
医師の働き方改革とは、政府が主導する医師の勤務環境改善における制度や、それに伴って求められる取り組みの総称です。
厚生労働省を中心とした議論が始まったのは、2017年のことです。
以前から、少子高齢化に伴う未来の労働力不足が見込まれていたことや、OECD加盟国の中でも労働生産性が低いことは指摘されていました。また万全の体調の医師に診療してもらうことで医療事故を減らす・医療の質を上げるという患者のためという意味合いも否定できないでしょう。
2019年3月には勤務医における時間外労働、2019年7月には自己研鑽や宿日直の許可基準の取り扱いが通知され、すでに運用が始まっています。
そして、2021年5月21日には医師法や医療法の改正が成立し、2024年4月から法律が適用開始になりました。
法律施行に向け、与えられた猶予期間に多くの医療機関・関係各所が労働環境改善の準備を進めていった状況があります。
医師の働き方改革では具体的に何が変わったの?
では、医師の働き方改革の運用スタートで具体的に何が変わったのか、ご存知でしょうか。
2024年4月から適用された医師の働き方改革で中心となるものは、「労働時間の上限規制」と「時間外割増賃金率の引き上げ」です。
改めて、医師の働き方改革におけるそれぞれの変更点と考え方に関して、わかりやすく解説します。
働き方改革における「労働時間の上限規制」
そもそも、日本の病院で働く勤務医は、オンコールや日勤後の当直勤務などによって長時間労働に陥りやすい傾向があると長年指摘されてきました。
医師の働き方改革の議論が起こる以前の話ですが、2011年12月に労働政策研究・研修機構(JILPT)が実施した「勤務医の就労実態と意識に関する調査」によると、勤務医の4割以上が過労死ラインの月80時間以上の残業をしているという実態が明らかになっています。
こうした調査結果や現場からの声を受け、厚生労働省では2017年に「医師の働き方改革に関する検討委員会」を設置し、医師の時間外労働規制や各水準の方針を決めることになりました。
そして、この改革におけるポイントは、時間外労働における上限規制の原則を「月100時間未満/年960時間以下」にすることにあります。
ただし、現場としては、このルールにすぐに合わせられない背景も多く考えられることから、各医療機関や医師の働き方などの状況に応じて大きく3つ(細かく5つ)の水準を設けました。
呼称 | 対象となる医師 | 時間外労働の上限 | |
A水準 | 診療に従事するすべての医師 | 月100時間未満/年960時間以下
(休日労働を含む) |
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B水準 | 地域医療暫定特例水準 | 三次救急や救急搬送の多い二次救急指定病院、がん拠点病院などの医療機関内で従事する医師 | 月100時間未満/年1,860時間以下
(休日労働を含む) |
連携B水準 | 地域医療を確保するために必要な役割を持つ特定の医療機関に本務以外の副業・兼業として派遣される医師 | 月100時間未満/通算で年1,860時間以下(各院では960時間以下)
(休日労働を含む) |
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C-1水準 | 集中的技能向上水準 | 初期研修医、専門医取得を目指す専攻医 | 月100時間未満/年1,860時間以下
(休日労働を含む) |
C-2水準 | 専攻医プログラム修了後に特定高度技能獲得を目指す、医籍登録後臨床従事6年目以降の医師 |
【A水準】すべての医師
対象は、原則「診療に従事するすべての医師」です。
36協定によっても超えられない時間外労働の上限時間は、月100時間未満/年960時間以下となります。そして、その時間外労働には休日労働の時間も含みます。
そもそも36協定における締結できる時間外労働の上限(限度時間)に関しては月45時間/年360時間が法定です。しかし臨時的な必要があると見込まれる場合に超える時間を設定した場合、休日労働を含む時間外労働の時間は月100時間未満/年960時間以下と設定することができます。
【B水準/連携B水準】地域医療暫定特例水準
こちらは同じ地域医療確保暫定特例水準の中でも2種類に分けることができます。
B水準の対象は、三次救急や救急搬送の多い二次救急指定病院、がん拠点病院などの医療機関、さらに在宅医療分野で積極的な役割を担う医療機関で働く医師も対象となります。
一方で連携B水準の対象は、地域医療を確保するために必要な役割を持つ特定の医療機関に本務以外の副業・兼業として派遣される医師です。
36協定によっても超えられない時間外労働の上限時間は、救急対応などの呼び出しなども想定され、月100時間未満/年1,860時間以下が上限というラインになっています。しかし臨時的な必要があると見込まれる場合に超える時間を設定した場合、休日労働を含む時間外労働の時間は月100時間未満/年1,860時間以下と設定することができます。
ただし、連携B水準対象の医師は、本務先と副業・兼業先を通算して年1,860時間以下とされているため、各院では960時間以下としなければならないことは留意すべき点です。
また、両水準ともに2035年度で廃止予定となりますが、2024年から3年に1回を目途に実態調査を踏まえ段階的な引き下げの検討を行っていく予定となっています。
【C-1水準/C-2水準】集中的技能向上水準
こちらも同じ集中的技能向上水準の中で2種類に分けることができます。
C-1水準の対象は、初期研修医、専門医取得を目指す専攻医です。
C-2水準の対象は、専攻医プログラム修了後に特定高度技能獲得を目指す、医籍登録後の臨床従事6年目以降の医師となります。
36協定によっても超えられない時間外労働の上限時間に関しては、先述と同じく、月100時間未満/年1,860時間以下が上限というラインとなります。しかし臨時的な必要があると見込まれる場合に超える時間を設定した場合、休日労働を含む時間外労働の時間は月100時間未満/年1,860時間以下と設定することができます。
ただし、全体的に過重労働の削減が目的であるため、「A水準」を守ることが大原則であることは覚えておきましょう。
また、あくまでこの水準は「例外的に業務上必要な場合のみ適用される」ものであり、期限付きの暫定処置となりますので、注意が必要です。
働き方改革における「時間外割増賃金率の引き上げ」
以前は、中小企業では、月60時間を超えた法定時間外労働の場合、25%の割増賃金率で計算をして支払っていました。しかし働き改革と同じ時期、時間外割増賃金率の引き上げも行われました。
医療業界を含めた中小企業でも、2023年4月より、法定時間外労働が月60時間を超えた場合に、50%以上の割増賃金率で計算をして支払うことになりました
ちなみに医療業界も含めた国内の大企業では2023年4月以前より先行して適用されていました。
参照:厚生労働省「月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます」
医師の働き方改革における罰則とは
時間外労働の上限規制を超えて所属する医師を働かせた場合、使用者には労働基準法第141条に基づき以下のいずれかの罰則が科せられます。
● 6ヶ月以下の懲役
● 30万円以下の罰金
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことを指します。そのため、業務に必要な準備を行うための時間や、参加が義務付けられている研修・教育訓練の受講時間なども労働時間として扱われます。また、複数の医療機関で働く場合には、労働時間の通算管理が必要です。
なお、基準となる上限を超えた場合、即座に上記罰則が科せられるわけではありません。違反が疑われる場合、まずは労働基準監督官による調査が行われ、違反が認められた場合には使用者に対して是正勧告・改善指導が行われます。この是正勧告を無視した場合には、司法処分に移行する流れとなります。
医師の働き方の現状
医師の働き方改革を推進するためには、まず現状の医師の勤務実態を把握する必要があります。ここからは、厚生労働省「勤務医に対するアンケート調査の結果について」を基に、医師の働き方の現状について解説します。
勤務医の休息日の平均
「現在、1か月のうち、24時間連続して休息をとれる日は、おおむねどの程度ですか。」という問いに対して、約60%の医師が月5回以上の休息がとれていると回答しています。その一方で、約10%の医師は月に1回も休息が取れていないと回答しています。
年代別にみると、他の年代と比較して30代~40代にかけて月5回以上の休息がとれている医師の割合が少なく、特に中堅医師はハードな働き方を強いられていることがうかがえます。
勤務医の平均労働時間
「現在、勤務医として働いている労働時間の長さについてどう思いますか。」という問いに対して、「とても長い」「長い」と回答した医師の割合は約70%に上りました。その一方で、「とても短い」「短い」と回答した医師はほとんどいませんでした。
年代別にみると、50代以降になると「ちょうど良い」と回答した医師の割合が少し増えているものの、それでも約60%の医師が「とても長い」「長い」と回答しており、長時間勤務が常態化していることがうかがえます。
労働時間を改善したいと思っている医師の割合
「現在、勤務医として働いている労働時間を今後どのようにしていきたいと思いますか。」という問いに対して、「もっと減らしたい」「少し減らしたい」と回答した医師の割合は約70%で、労働時間が「とても長い」「長い」と回答した医師の割合とほぼ同じでした。
年代別にみても、全ての年代で「もっと減らしたい」「少し減らしたい」と回答した医師の割合が60%を超えていることから、医師の労働時間の是正の必要性が感じられる結果となっています。
医師の働き方改革の問題とデメリット
医師の働き方改革の効果やメリットは、「長時間労働」が改善されることです。しかし、多くの医療機関や一部の勤務医、団体などからは、同時に以下のような問題やデメリットも指摘されていることは挙げておかなければなりません。
医師の人手不足が顕著になる
以前から医療業界では、医師の自己奉仕的な長時間労働に頼ってきた側面が大きかったことは何度も指摘されてきました。
しかし2024年4月から適用された医師の働き方改革によって、従来と同じ長時間労働が難しくなれば、病院などの医療機関側は医師の数を増やさざるを得なくなります。
ただし、地方ではもともと医師不足であり、また過疎地域などでは1人の医師に対しての依存度も大変大きいものとなっていることは言うまでもありません。そのため、医師の働き方改革が地域格差による人手不足に拍車をかける可能性は当初より指摘されています。
以前から日本の「医師不足」は深刻な問題となっていましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大により、さらに医師不足による影響が顕著になってきました。また医師の数は年々増加しているとも言われていますが、やはり地方での医師不足や診療科ごとの偏在は未[…]
また、常勤先での勤務時間との兼ね合いで、今まで頼ってきた大学医局の医師や非常勤・バイトの医師に当直を任せられなくなるケースも少なからずございます。(特に医局医師の副業先における通常労働時間は、本業である大学病院での時間外労働時間に通算されることになっているためです。)
医療機関側の費用負担が増加
また医療機関側の費用負担の増加も当初より懸念されてきた事項の一つです。簡単な話ですが、採用する医師の人数を増やせば、その分、医療機関が払う人件費の負担も増えます。先ほども挙げましたが、地方で今以上の人手不足となった場合、地方の医療機関が都市部や他地域で働く優秀な人材を確保するためには、今まで以上の好条件を提示する必要性も出てきます。
一方、先述の1か月60時間超えの時間外労働に対する割増賃金率が50%へ変更になる影響も大きいです。月100時間未満まで許容されていても、月60時間以上の時間外労働に対する割増賃金率が50%となれば、結局医療機関側の費用負担は増加することになります。
やるべき準備がとにかく多い
まず、医師の働き方改革の運用開始にあたって、すべての医療機関に求められる準備は以下のようにたくさんありました。
● 適切な労務管理の導入
● 36協定の見直し・締結
● 医師雇用契約書の再締結
● 年間960時間以上の時間外労働をさせる必要がある診療科の調査と検討
● 労働時間短縮計画の策定(必要な場合) など
さらに、A水準以外の水準を適用する場合には、現状の労働時間の実績や労働時間短縮の取り組み状況について、第三者評価の受審や、特例水準医療機関の指定を受けるための申請などが求められています。丁度、準備期間中に世界で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症の影響で、各医療機関・医療従事者の負担は大変重いものとなっていましたので、同時並行的にこれだけの準備を進めるのは容易なことではありませんでした。
医師間で働き方の格差が生じる
また、医師の間で働き方の格差が生じる恐れも指摘されています。
例えば、夜間当直帯を2名体制で回している救急告示病院の場合、上限時間を設けられれば、現状の働き方が難しくなるだろうという結論に至っています。
その病院の場合には、管理当直1名という形で宿日直許可をとり、残る1名を救急担当にして時間外勤務という扱いにすることで、何とか医師の働き方改革の運用適用後でも体制が保たれるというシミュレーションがありました。つまり、当直医師の間で「救急対応する人」と「救急対応しない人」が分かれることになり、不公平にならざるを得なくなります。
しかしそうなると、結果としては、救急当直医師の負担が大きくなることや、救急担当医師の当直によって平日の超過勤務が難しくなる可能性もあること、また医師のローテーションが組みづらくなることも指摘されるなど、現実的に考えると極めて問題が多いという結論が出ていました。
医療業界の連携や将来の発展に支障がでる
さらに医療業界の未来に対しても働き方改革が及ぼす影響に危惧があります。時間外労働の上限時間を設けることで、従来大学病院で担ってきた、地域への医師派遣や研究、教育に使える時間も短くなるという指摘です。結果的に診療対応を優先せざるを得ないため、将来的な医学分野の発展や水準の向上、地域との関わりなどが難しくなり、結果的に人手不足の進行や医学分野における衰退の恐れが出てきそうです。
まとめ
2024年4月から開始された医師の働き方改革は、減少する労働人口や医師の長時間労働の常態化などの問題から医療の質を担保するためにも急務とされてきました。しかしいきなり適用するのではなく、猶予期間を設けること、病院機能などによって労働時間の制限に段階を設けること、また違反した際の罰則を設けることで、医療機関に迅速な準備を促してきました。
しかしその一方で、地方勤務や当直ができる医師の需要が急速に高まり、勤務地域や勤務する病院の機能などによって労働環境に大きな差が出ています。
もし時間外労働や当直のことなど、現在の労働環境についてお悩みのことがあれば、転職支援サービスを利用することも選択肢の一つです。その際には、是非クラシスの医師ジョブにご用命ください。お忙しい先生方に代わり、専任の担当者が求人選びから日程の調整や条件面の交渉などを行います。
▼ 参考資料
労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査」
厚生労働省「月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます」
厚生労働省「医師の時間外労働の上限規制 に関するQ&A」
厚生労働省「病院長、医師として押さえておくべき、医師の働き方改革」
厚生労働省「勤務医に対するアンケート調査の結果について」