次世代のヘルスケアとして注目を集める「デジタルヘルスケア」。
さまざまな分野でデジタル化が進む昨今、医療やヘルスケアの分野でもデジタル技術の活用が進められています。コロナ禍において普及が進んだオンライン診療をはじめ、医療の現場でもデジタル化の流れをひしひしと感じている先生は多いのではないでしょうか。
デジタル技術の発展と共に市場規模も拡大しており、デジタルヘルスケアは今後ますます広がっていくと考えられます。そこで今回は、デジタルヘルスケアの概要や具体的な事例、そしてデジタルヘルスケアによって何が変わるのか、その影響や普及における課題についても詳しく解説します。
デジタルヘルスケアとは?
デジタルヘルスケアとは、デジタル技術や情報通信技術を活用した医療やヘルスケアのことを指します。
ヘルスケアとは、一般的に健康の維持や増進のための健康管理のことを指す言葉ですが、近年では病気や怪我の予防のための取り組みや、疾患からの回復を目指す医療行為まで幅広い範囲を指して使われています。
デジタルヘルスケアでは、最新のデジタル技術を用いることによって、健康を維持・改善するためのあらゆる行為の効果を高めることを目指しています。
デジタルヘルスケアに利用される技術
デジタルヘルスケアには、さまざまなデジタル技術が活用されています。ここでは、デジタルヘルスケアに利用される技術について解説します。
人工知能(AI)
人工知能(AI)とは、一般的に言語の理解や認識・推論などの人間が行う知的行為を、コンピューターに行わせる技術のことを指します。AIにできることは、大きく「識別」「予測」「実行」の3つの機能に分けられます。
これらの機能を組み合わせることによって、これまで人間が行っていた業務の効率化や自動化などが可能になります。
チャットボット
チャットボットとは、会話を意味する「チャット」とロボットを意味する「ボット」を組み合わせた言葉です。人間の代わりに、コンピューターが音声やテキストで自動的に会話を行うプログラムのことを指します。
チャットボットは、選択肢に応じて定型の会話を行う「シナリオ型」と、有人対応のような会話が可能な「自動学習機能型」の大きく2つに分けられます。
診療予約や受付、簡単な問診、相談窓口といった業務の一部を肩代わりすることが可能です。
5G技術
5Gとは、「第5世代移動通信システム」と呼ばれる通信規格のことを指します。「高速大容量」「高信頼・低遅延通信」「多数同時接続」という3つの特徴があり、従来よりも通信の質が向上し、高速で安定した通信が可能となっています。
医療機関でも複数の医療機器やセンサー類をインターネットに同時接続し、リモート使用することが可能になりました。今後はこれらの技術を活用し、遠隔医療の発展も期待されています。
仮想現実(VR)
仮想現実(VR)とは、専用のゴーグルを装着することにより、コンピューターが作り出した仮想の空間をあたかも現実の空間であるかのように認識させる技術のことを指します。360度の映像情報が人間の動きに合わせて視野角の範囲で投影され、限りなく実体験に近い体験を得ることが可能です。
VRは、大きく「視聴型」と「参加型」の2つに分けられ、参加型のVRでは映像内を自由に歩き回ったり物に触れたりすることも可能です。医療分野では、手術のシミュレーションやトレーニング、患者さんのリハビリなどにも活用されています。
ビッグデータ解析技術
ビッグデータ解析とは、膨大かつ多種多様なデータを解析し、有用な知見を見つけ出す技術のことを指します。
医療ビッグデータの例としては、電子カルテの診療データや健康診断のデータ、医薬品の副作用のデータなどさまざまなものがあり、人の遺伝子情報をデータ化したゲノムデータなども含まれます。
これらのビッグデータを収集・解析すれば、的確な診断や疾病予防、新薬の開発や医療の安全性の向上、ゲノム医療の発展など、さまざまな分野に役立つと考えられています。
デジタルヘルスケアが注目される理由
近年デジタルヘルスケアが注目されている理由は、技術の発展に加えて以下のような社会的背景も関係しています。
少子高齢化による医療費の増大
日本では高齢化が進み、医療費の増大による財政圧迫が懸念されています。医療費削減のために進められている診療報酬の抑制は、同時に医療機関の経営を厳しくするものでもあり、このままでは国民皆保険制度の維持に影響する可能性も危惧されています。
医療費の削減には、治療そのものを減らすことも大切です。そして、そのためには予防医療や健康増進により健康寿命の延伸を目指すことが求められます。一人ひとりの健康リテラシーを高め、病気の発症や重症化を防ぐといった観点から、デジタルヘルスケアに注目が集まっています。
地域による医療格差の存在
働き世代の人口が教育や生活に便利な都市部に集中することによって、地方では高齢化や過疎化が進行しています。都市部以外では地域医療に従事する医療従事者の確保が困難な状況が続いており、今後十分な医療が提供されなくなる可能性もあるでしょう。
デジタル技術を用いた遠隔医療の発展は、地域による医療格差を埋める手段としても期待されています。
求められる業務の効率化
参入障壁が高い業種ということもあり、医療業界は他業界と比べ業務体制の効率化が不十分との指摘があります。
これまでは常態化する医師の長時間労働によって支えられていた面もありますが、2024年にはこれまで猶予されていた医師にも働き方改革関連法案が施行されることとなり、医師の労働時間は減少する見込みです。
医療の需給バランスの悪化が懸念されるなかで、医療業界は業務の効率化が求められており、デジタル技術の活用はその一助になると考えられています。
デジタルヘルスケアの具体的な事例
デジタル技術は、実際どのような形で医療に活用されるのでしょうか?ここでは、デジタルヘルスケアの具体的な事例をご紹介します。
遠隔医療
遠隔医療は、スマートフォンやタブレット・PCなどを用いて、場所を選ばずに医療サービスを受けられる仕組みです。通信技術の進化により、離れた場所でも患者さんや医療従事者同士がスムーズにコミュニケーションを取れるようになり、遠隔医療が可能になりました。
すでに普及が進んでいるものとしては、オンライン診療や遠隔画像診断などが挙げられます。
また、今後実用化の期待が高まっているのが、遠隔手術の分野です。5G技術によってリアルタイムで大容量のデータのやり取りが可能になり、今後は遠方にいる執刀医に手術支援を行うことや、遠隔で手術ロボットを操作することも可能になると考えられています。
電子健康記録(EHR)
電子健康記録(EHR)とは、既往歴や検査データ、アレルギー情報など、主に医療機関で取得される診療情報を生涯に渡って記録し、共有する仕組みのことです。
似ているものに電子医療記録(EMR)がありますが、こちらは主に医療機関が個別で管理する電子カルテ情報のことを指します。EHRは個人の医療情報をデジタル化し、医療機関や地域を超えた情報共有を可能にするシステムです。
EHRの導入が進めば、医療機関間で診療情報の共有・連携が可能になり、正確な診療情報へのアクセスが容易になります。また、膨大なデータを収集・保管できることから、医療の質の向上や感染症対策など、さまざまな課題をクリアできる可能性が期待されています。
AIを活用した問診・画像診断
AIを活用した問診では、スマートフォンやタブレットを用いて患者さんへの問診を行います。これまでの紙の問診票では質問項目が固定されており、患者個別の悩みに対してより深い質問をすることができませんでした。
AI問診では、基本的な質問のほか、入力内容に沿ってAIが疾患を推測し、その疾患に関する詳しい問診を付け加えることが可能になります。口頭問診の負担を減らすほか、電子カルテとの連携による業務負担の軽減などが期待されています。
また、AIを活用した画像診断では、AIが検査で得られた画像を自動で解析し、異常所見の抽出や病名候補の提示、レポート作成の支援などを行います。AIが読影業務をサポートすることによって、見落とし防止や読影精度の向上、読影時間の削減などにつながると考えられています。
アプリ・ウェアラブルデバイス
健康維持や健康増進に寄与するアプリには、睡眠管理アプリ、カロリー計算アプリ、歩数計アプリなどさまざまなものがあります。また、患者さんを支援するアプリとしては、おくすり手帳アプリや通院支援アプリなどもあります。
その他にも、近年注目されているのが「デジタルセラピューティクス(DTx)」です。日本では「治療用アプリ」とも呼ばれており、個人が自由に使える健康管理アプリとは異なり、医師の管理下で治療のために使用する医療用ソフトウェアになります。
すでに保険適用されているものとしては、ニコチン依存症治療用アプリや高血圧治療用アプリなどがあります。
また、バイタルデータを確認・管理することができるウェアラブル端末も、遠隔医療への活用が進んでいます。測定データを医療機関と共有するシステムなども開発されており、医療の質の向上や患者さんのQOLの向上が期待されています。
デジタルヘルスケアがもたらす変化
デジタルヘルスケアの推進により、医療業界はどのように変わっていくのでしょうか。ここでは、デジタルヘルスケアがもたらす変化について解説します。
健康維持の増進
スマートフォンやウェアラブル端末などを使えば、個人でも簡単に自身の健康データの管理や比較が可能になり、血圧や心拍数など自覚症状がない異常も検知することが可能になります。また、日常生活の中で収集したバイタルデータから、病気の兆しを察知するAIなども開発が進んでいます。
ウェアラブル端末や健康管理アプリの活用は、病気の発症や重篤化の防止につながると考えられています。
医療の質の向上
アプリやウェアラブル端末に蓄積された健康データは、医療機関での診療にも活かせます。また、EHRの導入が進めば、医療機関を横断したデータの利活用により、より迅速な医療サービスの提供が可能になるでしょう。初診や救急医療においても、適切な診療を提供できるようになると考えられます。
また、複数の医療機関が診療データを共有することは、地域包括ケアシステムの構築にも役立ちます。データの利活用が進めば、新たな診断・治療法の開発などに寄与する可能性も示唆されています。
地域や環境によらない医療の実現
デジタル技術を活用したWeb予約システムやオンライン診療は、医療アクセスの向上につながります。医療機関にかかることが困難な人や、介護や子育てで自由な外出が難しい人、遠方に住んでいる人たちも、より手軽に診療を受けられるようになりました。
また、遠隔医療が発展することによって、離島やへき地などの医療過疎地域での医療の質の向上も期待されています。
日本におけるデジタルヘルスケアの課題
デジタルヘルスケアのニーズが高まる一方、日本は世界と比べてデジタルヘルスケアの利用率が低いのが現状です。特にオンライン診療や電子健康記録、ウェアラブル技術の活用という点で大きな差があると言われています。日本でのデジタルヘルスケアの普及には、以下のような課題が挙げられます。
データ管理の安全性
医療情報のデータ収集では、プライバシーやデータ保護の仕組みについて特に慎重になる必要があります。とあるグローバル企業が行った調査(※)によると、日本では諸外国と比べて個人データの利用に対する抵抗感や不安感が強い傾向があり、特に政府に対する信頼度が低くなっています。
デジタルヘルスケアの普及においては、データの安全性やプライバシーに対する信頼性を高めることが必要です。
世代間における利用意向・利用経験の差
先述の調査では、日本におけるデジタルヘルスケアの利用意向や利用経験に関して、世代によって大きな差があることもわかっています。
ミレニアル世代ではデジタルヘルスケアの利用経験がある人が多く、若いころからインターネットやスマートフォンなどの利用環境が整っていたことが大きく影響していると推測されています。
医療機関を利用するメイン層が上の世代であることを考えると、特に中高年~高齢者をターゲットとしたデジタルヘルスケアの啓蒙・普及活動が重要であると考えられます。
※参考資料:日本におけるデジタルヘルスのいま|アクセンチュア (accenture.com)
まとめ
今回は、デジタルヘルスケアについて詳しく解説しました。
デジタルヘルスケアは、広くデジタル技術を活用した健康管理や医療のことを指す言葉として使われています。少子高齢化や地域格差の拡大、医師不足といった問題解決の糸口としても注目されており、今後の普及が期待されている分野です。
デジタルヘルスケアの活用には、健康増進や医療の質の向上、医療アクセスの向上など多くのメリットがあります。しかし、現状は課題も多く、日本は世界と比較して利用率が低い状況です。広く普及するには、これらの課題をどう解決していくかが重要なポイントになるでしょう。
デジタルヘルスケアの発展は、今後の医療の在り方を大きく変える可能性を秘めています。上手く活用できれば、医師にとっても心強い味方になり得るでしょう。