医療の技術が発展し、誰もが安心して医療をうけられる時代になりました。
その反面、日々医療事故による訴訟問題も増えているのが現実です。医師の方々は日々強い責任感をもって治療にあたっていらっしゃいます。
しかしながら、医療とは不確実性が伴うものであり、医療事故とそれに伴う紛争は避けられません。過失が無かったとしても、副作用や合併症など、
医療現場では簡単には予測できない事態が発生します。
医師が業務上の過誤などによって損害賠償を負った際に助けとなり、医師と患者が互いに安心して医療に関わることができるために設立されたのが、「医師賠償責任保険」です。
そこで今回は、医師賠償責任保険の必要性や種類、特長についてご説明していきます。
医師賠償責任保険とは
医師賠償責任保険とは、保険期間中に、被保険者である医師が日本国内で行った医療行為によって患者の生命・身体の障害が発見されたときに、医師が負う法律上の損害賠償責任を補償する保険です。
つまり、医師本人の医療行為によって以下のような医療事故が起きた場合に補償されます。
・手術ミスで、患者が重篤な後遺症を負った場合
・誤った診断で患者の症状が悪化した
・衛生管理の不備で院内感染が発生し、入院患者が他の病気になってしまったなど
ちなみに、被保険者である医師だけでなく、看護師や放射線技師などの医療業務補助者が行った業務も補償対象となります。
また、標榜科目以外の医療行為による事故や、常勤先以外の医療施設で行った医療行為による事故も補償されます。
医師が賠償責任保険に加入する必要性
裁判所によって「賠償責任がある」と判断されると、億の単位に及ぶ賠償金額になることも珍しくありません。
そのため、開業医であっても勤務医であっても医師賠償責任保険に加入していることは当然となり、かつその補償内容が重要となります。
では、医師賠償責任保険への加入がなぜ必要なのか。その具体的な必要性について解説いたします。
多くの訴訟が起こっているから
医師賠償責任保険への加入が必要な理由の一つとして、実際に多くの医療訴訟が発生していることがあげられます。
最高裁判所が取っている統計、「医事関係訴訟事件年次推移」によりますと、1970年には100件程度だった新規の年間訴訟件数が2000年には7~8倍へ増加。
2000年以降は年間1000件を超え、2010年以降は年間800件程度で、減少または横ばい傾向が続いています。
参照:医療訴訟の件数とその推移 | 中外医学社
減少傾向にあるとはいえ、依然として高い訴訟件数があると考えると、働いている医師の方々の備えが必要不可欠となります。
賠償金額が高額化しているから
賠償金額の高額化も、医師賠償責任保険の加入を重要視する理由の一つです。
例えば、陣痛促進剤の過剰投与が原因で脳に後遺症が残ったとして、9歳の子どもの両親が介護費用も含めた2億6000万円の賠償責任を求めたという訴訟例があります。
1990年代では1億円を超える賠償請求は極めて稀でしたが、最近では患者側が請求した賠償金額に近い金額の判決がでるケースが増加しています。原因として考えられるのは、
算出の基本となる平均余命(稼働年数)や所得金額の増加です。
現場で働き続ける限り、先生自らが訴訟対象になる可能性もあります。その可能性があるとわかっていても、保険に加入していない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
高額な賠償金額を請求された場合、先生ご自身の立場を守るのが、医師賠償責任保険です。
訴訟リスクが低い診療科がなくなっているから
診療科別にみてみると、以前から内科・外科・整形外科・産婦人科の訴訟件数が目立っていましたが、現在では訴訟リスクが低い、いわゆる「聖域」といえる診療科目がないのが現実です。
例えば、これまで訴訟件数が低いと考えられていた精神科では、うつ病の治療中に自殺してしまった患者の家族が医療ミスを訴えるケースも多く、訴訟件数が増加しています。
訴訟件数の多い少ないはありますが、どの診療科目で勤務する場合でも訴訟対象になる可能性がゼロということはありませんので、ご自身を守るためにも医師倍賞責任保険が重要となります。
医師個人が訴えられるケースが増えているから
従来では、「被告:K総合病院」のように医療機関を相手に訴訟を起こしていましたが、近年では「被告:K総合病院、A医師」のように医師個人に対して訴えるケースが多く、医療機関と連携した賠償責任が
問われます。
ちなみに、研修医であっても例外はありません。患者側からみれば研修医であっても医師であることに変わりはなく、責任を負うことには違いはありません。実際に医療事故において、研修医の責任として高額の負担を負ったケースがあります。
このように、経験年数やキャリア問わず、どのような立場であっても医師賠償責任保険は重要だと考えます。
医師が加入できる賠償責任保険の種類
医師を対象とした賠償責任保険は大きく次の3つに分類することができます。
勤務医師賠償責任保険
日本医師会医師賠償責任保険
病院賠償責任保険
それぞれの種類や特長について詳しくご紹介いたします。
勤務医師賠償責任保険
その名のとおり、勤務医のための賠償責任保険であり、民間の保険会社が運営しています。加入できるのは病院または診療所に勤務する医師のみであり、任意の加入となります。
そのため、個人で加入もしくは、ご勤務先の医療機関によっては加入が不要となる場合があるので事前確認が必要です。
では実際、勤務医師賠償責任保険の加入率はどのくらいなのでしょうか?2004年度の卒後臨床研修制度の必修化以降、研修医に対して加入を義務づける医療機関が増えたこともあり、
20代~30代の医師では6割~7割が医師賠償責任保険に加入しているものの、40~50代の加入率は5割程度です。「医療事故が起きた時に勤務先である病院やクリニックの病院賠償責任保険で賠償額をカバーできる」と考え、医師賠償責任保険に加入していない勤務医の方が実は多くいらっしゃいます。
たしかに、勤務医の過失は民法の「使用者責任」で事業主である医療機関側に賠償請求するのが一般的ですが、近年では全国の病院の7~8割が赤字経営となっている背景もあり、病院側が医師の責任分の賠償金を支払えない時代になっています。勤務医も共同被告として損害賠償請求をされるケースが急増していますので、注意が必要となります。
日本医師会医師賠償責任保険
日本医師会医師賠償責任保険とは日本医師会が運営する保険で、日本医師会に加入している医師(開業医)は強制加入となります。
参照:日本医師会 公式ホームページ
保険料は、医師会の会費から支払われており、補償金額は被保険者1名につき1事故あたり1億円(免責100万円)で、特約で補償金限度額を2億円まで増額することができます。
日本医師会の医師賠償責任保険には、医療事故で患者から損害賠償請求があった場合には専門の調査・審査機関があり、専門家により中立的な審査が行われるため、医師にとっては安心につながります。
医師ができるだけ矢面に立つことなく紛争を解決できるように訴訟・示談などの交渉を代行する仕組みが整っているのが特長です。
病院賠償責任保険
病院やクリニック、診療所の開設者(施設管理者)を被保険者とする賠償責任保険で、個人向けの医師賠償責任保険と医療施設賠償責任保険を組み合わせたものです。
主な機能
医師賠償責任保険…手術ミスや診断ミスなどの医療事故
医療施設賠償責任保険…医療業務以外を原因とする他人の死傷や財物損壊に対するもの
例)・ 病院内の食堂で食べた料理で、患者の見舞客が食中毒になった
・ 壊れたドアが倒れて、患者の見舞客がケガをしたなど
ちなみに、個人の医師が加入する勤務医師賠償責任と、病院が加入する病院賠償責任保険の補償内容に大きな違いはありません。異なるのは保険料の仕組みで、勤務医師賠償責任保険の場合、個人が保険を使っても、翌年度以降の保険料は変わりません。
一方、病院賠償責任保険は医療事故を起こし、保険料の支払いをうけた場合は翌年度以降の保険料に大きく影響します。したがって、病院側でも医師個人への賠償責任保険の加入を進める傾向があります。
医師賠償責任保険から支払われる保険金の種類
医師が加入できる賠償責任保険の種類でもご紹介したとおり、日本医師会医師賠償責任保険は、会員は強制加入であるとともに、運営者が日本医師会となるため他の2つのとは少し異なるシステムです。
ここでは、医師個人の任意加入が可能である、民間の保険会社が運営する医師賠償責任保険の支払い対象となる保険金の種類についてご説明いたします。
法律上の損害賠償金 | 被害者の治療費、入院費、慰謝料、休業補償など |
訴訟費用等 | 訴訟費用、弁護士費用、仲裁・和解・調停に要する費用など |
損害防止や軽減のための支出費用 | 求償権の保全・行使当の損害防止・軽減に必要または有益な費用 |
緊急措置費用 | 被害者に対する応急手当や緊急措置に要する費用 |
協力費用 | 引き受け保険会社の要求に伴う協力費用 |
また、具体的な条件や詳細に関しては各保険会社によって異なりますので確認が必要となります。
民間の医師賠償責任保険におけるよくある質問
それでは勤務医向けの医師賠償責任保険に関するQ&A、そしてその答えを通して医師賠償責任保険の特長や注意点をご説明します。
医師賠償責任保険の場合、あくまで発見ベースで考えられます。ご加入前に発見された疾患や症状については補償対象外、ご加入後に発見した場合は補償対象となります。
ちなみに発見ベースとは、保険期間中に発見された患者の身体障害(事故)の補償を対象とするもので、下記の①、②のいずれか早い時点をもって考慮されます。
① 被保険者である医師が事故の発生を最初に認識した時(認識をし得た時も含む)
② 被保険者である医師に対して損害賠償請求がされた時(提訴される恐れがあると認識した時を含む)
・高額補償の充実(1事故につき2億円や3億円の補償プランがあります)
・免責金額の設定はございません。少額の損害であっても補償対象となります。
・嘱託医等の医師活動に関わる専門事業者賠償責任保険が自動付帯
・短時間で簡単にWeb申し込み可能
医師賠償責任保険では、美容外科、美容皮膚科、審美歯科などで行われる「美容を唯一の目的とする医療行為」は補償対象外となっており、美容医療で起きた事故は補償されません。
そのため、美容分野で働かれる医師の方には万が一の備えとして、「美容医療賠償保険」への加入をお勧めしています。
まとめ
今回は医師賠償責任保険の必要性、保険の種類、その特長についてご説明してきましたがいかがでしたでしょうか?
医師の仕事は命と密接に関わる職業です。勤務医の場合、アルバイトも含めると複数の勤務先があることも珍しくなく、一つ一つの医療行為にどれだけ注意深く取り組んでいたとしても患者の身体に思わぬ障害を与えてしまい、医療事故の当事者になってしまう可能性があります。
訴訟はさまざまなことがきっかけで起こりうる問題であり、その際に先生方が賠償責任保険にご加入されているか否かで先生の立場は大きく変化します。是非この機会に、先生の診療形態や勤務先の状況、そしてご自身の賠償責任保険の加入状況などをご確認いただくのもいいかもしれません。
医師ジョブでは転職のプロとして誠心誠意、先生のお話に耳を傾け、先生にとって1番良い選択肢がお選びできるようお手伝いをさせていただきますので、どんなことでもまずはご相談ください。