国民皆保険制度の下、なんらかの健康保険に加入することが義務付けられている日本。
社会保険・国民健康保険などに加入するのが一般的ですが、医師の場合は「医師国民健康保険(医師国保)」に加入することも可能です。
では、医師国保とは一体どのようなものでしょうか?今回は、医師国保に加入する方法や社保・国保との違い、そして医師国保に加入するメリット・デメリットを詳しく解説します。
医師国保とは?
日本の公的医療保険には、「被用者保険(社会保険・社保)」と「国民健康保険(国保)」があります。社保は正社員や公務員・一定条件を満たしたアルバイトなどが加入する保険で、主に健康保険・厚生年金・雇用保険・介護保険が含まれています。加入対象者は、勤め先の会社を通じて社保に加入します。一方、国保は市区町村が運営する健康保険です。自営業者や無職の人・年金受給者など、社保に加入していない人が加入の対象となります。
また、医師の場合は、条件を満たせば加入可能な「医師国民健康保険(医師国保)」という選択肢もあります。国保と医師国保は別物で、両方に加入することは出来ません。また、医師国保は条件により医師以外でも加入が可能です。
運営は各都道府県の医師会
医師国保の運営は、各都道府県の医師会が担っています。戦後まもなく、「一般の市町村民とは全く異なった就業条件と生活条件の下におかれている医師と、その世帯員の福祉と健康を守るために医療保険組合が必要」との認識により企図され、日本医師会のバックアップのもと各都道府県医師会が母体となり設立が推進されました。(※)
医師国保組合は47都道府県すべてにあり、それぞれの都道府県医師会に所属する医師が主な加入対象です。地域ごとに「〇〇県医師国民健康保険組合」というように名称が異なり、保険料や給付内容も組合ごとに少しずつ異なります。加入を希望する場合には、所属する医師会の都道府県医師国保組合にて手続きを行います。
※ 出典:近藤邦夫会長の挨拶|全国医師国民健康保険組合連合会
加入対象は個人事業主の医師/従業員/その家族
医師国保に加入できるのは、各地区の医師会もしくは大学の医師会に所属する医師と、従業員、家族です。東京都医師国民健康保険組合の場合、開業医・勤務医・フリーランスなどの医師が「第1種組合員」、看護師・医療事務など医師を除く従業員が「第2種組合員」、そして組合員の家族が「家族」の種別で加入できます。いずれの種別でも、他の国保組合に所属していないことが条件となります。
なお、詳しい加入条件・加入基準は各医師会によっても異なるため、詳細はご自身が所属する医師会に確認するようにしましょう。
医師国保と国民健康保険・社会保険との違い
医師国保は、医師やその家族・従業員のために作られた保険組合であり、国保とも社保とも異なるものです。常勤の勤務医として働いている先生の多くは、社保に加入されていることが多いでしょう。しかし、常勤を外れた場合や開業をした場合などは、国保や医師国保に加入する必要があります。
自身にとって最適な保険を選択するには、それぞれの違いを知っておくことが大切です。ここからは、医師国保とその他の健康保険の違いについて解説します。
加入対象者
医師国保・国保・社保の加入対象者について、医師に当てはめて簡単にまとめると以下のようになります。
健康保険の種類 | 加入対象となる主な医師 |
医師国民健康保険 (医師国保) | ・医師会に所属する個人事業主の医師 ・常時雇用する従業員が5名未満の個人事業所に雇用される医師(※1) |
国民健康保険(国保) | ・他の健康保険制度に加入していない医師 |
社会保険(社保) | ・法人事業所に雇用される医師 ・常時雇用する従業員が5名以上の個人事業所に雇用される医師(※2) |
※1従業員は任意適用事業所として社会保険に加入することも可能
※2所定の手続きによって医師国保に残ることも可能
医師国保の加入対象となる医師は、医師会に所属する個人事業主の医師、および常時雇用する従業員が5名未満の個人事業所に雇用される医師です。なお、従業員が5名未満の個人事業所でも、要件を満たせば任意適用事業所として社保に加入することも可能です。(ただし、事業主は加入できません。)
国保の加入対象となる医師は、他の健康保険制度に加入していない全ての医師です。開業医やフリーランスとして働く医師などで、医師国保にも社保にも加入していない場合には、国保に加入する形となります。
社保の加入対象となる医師は、主に法人事業所に雇用される医師です。条件を満たせば、非常勤でも加入対象となります。また、個人事業所で常時雇用する従業員が5名以上になった場合も、強制的に社保が適用されます。(ただし、事業主への適用はありません。)なお、強制適用事業所になった場合にも、所定の手続きを行えば医師国保に残ることが可能です。
保険料
保険料については、医師国保と他の健康保険で仕組みが異なります。
医師国保の場合、組合ごとに多少の金額の差はあるものの、加入者の収入に関わらず保険料は一定の額に決められています。収入が上がったとしても下がったとしても、保険料が変動することはありません。
一方、国保・社保の場合には、加入者の収入によって保険料に変動があります。収入額に応じて金額が変わるため、収入が上がれば保険料も上がり、逆に収入が下がれば保険料も下がります。
また、社保の場合には、従業員の保険料の2分の1を事業主が負担する必要がありますが、医師国保・国保の場合は事業主の負担義務はありません。
保険給付の内容
保険給付の内容については、医師国保と国保ではほとんど変わりません。しかし、社保とその他の健康保険には大きな違いがあります。
医療費の一部負担や高額医療費の払い戻し、出産一時金の支給といった保証は、医師国保・国保・社保のいずれでも適用されます。しかし、傷病手当金や出産手当金などは、社保にしかない保証です。組合ごとに独自の付加給付を定めているケースもありますが、医師国保・国保と比較して、給付範囲は社保の方が広く、より手厚い保障が受けられます。
扶養家族の有無
社保には扶養という概念があり、加入者の家族を扶養に入れることが可能です。扶養とは、収入など一定の条件を満たす被保険者の家族が、被扶養者として保険料の負担なく健康保険に加入できる制度です。条件を満たしていれば、妻や子供など家族を何人扶養に入れても、追加の保険料はかかりません。
一方、医師国保・国保には扶養という概念はありません。収入などの条件に関わらず、家族一人ひとりに保険料がかかります。保険料の納付義務者は各世帯の世帯主で、妻や子供など家族の保険料は世帯主がまとめて支払う形となります。
国民年金への加入が必要か否か
社保に加入する場合、同時に厚生年金にも加入するため、国民年金に加入する必要はありません。一方、医師国保・国保に加入する場合、基本的に国民年金への加入が必要になります。
ただし、医師国保については、例外的に厚生年金に加入となるケースもあります。たとえば、医師国保に加入後に法人成りをする場合などが当てはまります。法人成りすると本来は社保が強制適用となりますが、健康保険の適用除外申請をすれば医師国保に残ることが可能です。しかし、医師国保に残る場合も厚生年金への加入手続きは必要となるため、「医師国保+厚生年金」の組み合わせで加入することになります。
自家診療における保険適用の有無
自家診療とは、医師が勤務先で自分の家族や従業員の診療を行うことです。医師国保の場合、経済的側面や倫理的側面などを鑑みて、基本的に自家診療の請求および給付は認められていません。細かい規定は組合ごとに異なるものの、自家診療の請求が判明した場合には、その時点から遡って当該診療報酬明細書が返戻されます。
ただし、一部例外もあります。たとえば北海道の場合、広域的な事情を考慮して、緊急の場合や地域的な状況による条件付きの給付制度が採用されています。また、新型コロナウイルス感染症の流行時には、疾患の特殊性から自家診療の特例措置として、多くの組合で一時的にPCR検査や抗原検査等の保険請求が認められました。
また、医師国保以外の健康保険でも、自家診療に対する保険請求の対応はさまざまで、保険制度ごとに確認が必要になります。一例として、多くの中小企業が加入する協会けんぽの場合には、自家診療に対する保険適用が認められています。
医師国保に加入するメリット
では、医師国保に加入するメリットはなんでしょうか?ここでは、他の健康保険と医師国保を比較しながら、医師国保に加入するメリットをご紹介します。
保険料が変わらない
医師国保に加入する最大のメリットは、各組合員の保険料が決まっていることです。
国保や社保の場合は、保険料は収入に応じて変化します。一方で医師国保の場合は、収入が上がっても保険料は変わりません。保険料負担で考えれば、所得が高ければ高いほど、報酬比例の国保よりも定額保険料の医師国保の方が負担は少なくなります。
たとえばクリニックの院長の場合は、保険料は国保に加入するよりも医師国保に加入する方が圧倒的に割安となります。従業員に関しても、単身者や家族の少ない人であれば、医師国保に加入する方が保険料が安く済むケースが多いです。
法人化後も加入し続けられる
医療法人は社保の加入が義務となっており、原則として医師国保に加入することはできません。
また、個人開業から法人成りした場合も社保が強制適用となるため、本来は医師国保に残ることはできません。しかし、健康保険の適用を除外する申請(適用除外承認申請)を年金事務所にすることにより、例外的に医師国保に残ることが可能になります。
要は、法人設立後に医師国保に入ることは出来ませんが、個人開業から法人成りして医療法人になった場合に限り、所定の手続きを経て医師国保に残れば、医療法人でも医師国保に加入出来るのです。
先に説明した通り、医師国保は保険料が一定で社保や国保と比べて割安になるため、法人化後も医師国保を継続できることはメリットになります。保険料などの経費を下げたいのであれば、将来的に法人化を目指す場合でも、まずは個人開業という形をとって医師国保に加入し、その後法人化するといった手順を踏むのもおすすめです。
事業主の保険料負担義務がない
クリニックの法人化や、従業員数5名以下の個人事業所を任意適用事業所として社保に加入した場合、院長は事業主として保険料の2分の1を負担する必要があります。この場合、従業員の給料を上げれば、社保は収入に比例して保険料が増えるため、事業主の保険料負担も大きくなります。また、社保適用となる従業員が増えた場合にも、事業主の負担は大きくなります。
一方で医師国保の場合、保険料は加入者負担となるため、事業主負担は原則不要です。保険料の負担はクリニック経営においてそれなりの重荷になりますので、保険料負担義務がないことは、事業主目線では大きなメリットとなります。
医師国保に加入するデメリット
ここまでは、医師国保に加入するメリットについてご紹介しました。しかしながら、医師国保への加入はメリットばかりではありません。ここからは、他の公的医療保険と比べた場合の医師国保のデメリットをご紹介します。
自家診療分の保険請求ができない
医師国保に加入している場合、医師の家族や従業員の診察・治療を自分のクリニックで行う「自家診療」の保険請求ができません。一方社保に入っている場合は、自家診療も社保に請求することが可能です。そのため、たとえば妻や祖父母など家族を自分のクリニックで診療したい場合には、医師国保に加入していることはデメリットとなるでしょう。
保険料負担が大きくなる場合もある
メリットでも取り上げましたが、医師国保は収入に関わらず保険料が一律で決まっています。
そのため、給料が低い場合や、勤務時間を減らすことで年収が下がった場合などは、収入に占める保険料の割合は大きくなります。また、社保と違い医師国保には扶養制度がないため、家族も医師や従業員本人と同額の保険料を払わなければなりません。同一家計の家族が多い場合は、保険料負担がかなり大きくなる可能性もあります。保険料が一定であることがデメリットになる場合もありますので、注意が必要です。
住所によって医師国保に入れない場合がある
医師国保に加入するためには、規約で定められた地区に住所がなければいけません。
所属する医師会によって指定地区の範囲が異なるため、居住地と勤務地が遠く離れており、住所が指定地区外にある場合などは医師国保に入れないケースもあります。また、転居によって指定地区外に住所を移した場合にも、資格喪失となるため注意が必要です。
世帯全員での医師国保への移行が必要
医師国保は、世帯単位での加入が必須となります。
同一世帯の中で、医師国保と市区町村の国保に別々に加入することは出来ません。たとえば、院長である夫は医師国保、専業主婦である妻と子供は国保といった形で別々に加入することは出来ず、医師国保に加入する場合は世帯全員の移行が必要です。組合員の家族として加入し、一人ひとりに定額の保険料がかかりますので、先にも触れた通り家族構成によっては保険料負担が大きくなる可能性があることを理解しておきましょう。
手当金がない
社保と比べた場合、医師国保には出産手当金や傷病手当金の制度がありません。保険料負担の面では医師国保の方が圧倒的に割安になりますが、病気・出産・育児などの際にもらえる手当に関しては、社保の方が充実しています。
医師国保でも組合ごとに独自の付加給付を定めているケースはあるものの、福利厚生面では社保の方が優れている点もあるため、どちらを優先すべきか検討する必要があるでしょう。
医療法人では加入できない
最初から法人としてクリニックを開業する場合、法人は社保の加入が義務となっているため、医師国保に加入することはできません。メリットの方で法人化後も加入できることをご紹介しましたが、あくまでも個人開業時代に医師国保に加入済であることが前提となります。すでに法人化している場合は、従業員数の条件を満たしていても医師国保には入れませんので、注意が必要です。
将来的に独立開業やクリニックの法人化を検討している場合は、ここまで紹介したメリット・デメリットを確認した上で、自院のスタイルにあったものを選択する必要があります。また、従業員数が5人未満のクリニックの場合、法人化しているか否かで年金の種類も変わる場合がありますので、こちらも合わせて検討するようにしましょう。
まとめ
今回は、医師国保に加入するための条件や、社保・国保との違い、医師国保に加入するメリット・デメリットを解説しました。
● 収入が上がっても保険料は変わらず一定
● 健康保険の適用を除外する申請をすれば法人化後も加入し続けられる
● 保険料は加入者負担なので事業主の保険料負担義務がない
● 自家診療分の保険請求ができない
● 家族も医師や従業員本人と同額の保険料を払う必要がある
● 住所によって医師国保に入れない場合がある
● 出産手当金や育児休暇中の保険料の免除がない
● 最初から法人としてクリニックを開業する場合は加入できない
医師国保に加入するためには、個人開業と法人化のタイミングが重要になります。
医師国保と社保・国保、それぞれのメリット・デメリットを理解した上でベストな選択が出来るよう、開業前に理解を深めておきましょう。また、勤務医であっても転職先によって保険の切り替えが必要となるケースもございますので、それぞれの違いを理解しておくと安心です。
医師ジョブでは、勤務条件はもちろん保険制度や福利厚生なども含め、ご希望に沿った医療機関をお探しします。転職をお考えの際は、是非医師ジョブにご相談ください。
▼ 参考資料
全国医師国民健康保険組合連合会
国民健康保険制度 |厚生労働省
社会保険適用対象となる加入条件|厚生労働省 | 社会保険適用拡大 特設サイト
東京都医師国民健康保険組合
北海道医師国民健康保険組合ホームページ
自家診療における新型コロナウイルス感染症の診療の給付について